理論・研究

性格とは|心理学から見た形成と分類

更新: 長谷川 理沙
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性格とは|心理学から見た形成と分類

性格とは、さまざまな状況をまたいで比較的一貫して現れる、感じ方・考え方・行動の個人差のパターンである。MBTIやビッグファイブに触れたことがあっても、その手前にある「性格とは何か」を学問として言い切れる人は多くありません。

性格とは、さまざまな状況をまたいで比較的一貫して現れる、感じ方・考え方・行動の個人差のパターンである。
MBTIやビッグファイブに触れたことがあっても、その手前にある「性格とは何か」を学問として言い切れる人は多くありません。
年間100本以上の論文に目を通す中でも、性格・気質・人格の混同は繰り返し目にするつまずきで、だからこそ最初に用語をほどくことが、理解の幹をつくる近道になります。

性格をめぐる疑問は、性格・気質・人格の違い、どう分類するのか、生まれつきなのか育ちなのか、という3つに整理できます。
本文では、先天的な気質を土台に後天的な経験が重なって性格が形づくられ、さらに価値観まで含む包括概念として人格が位置づく流れを押さえながら、類型論と特性論という2つの見方もたどっていきます。

結論の核は、性格が「感じ方・考え方・行動の比較的一貫した個人差のパターン」だという点にあります。
その形成は遺伝4〜5割と環境の相互作用で進み、成人後も変化しうる連続体として理解するのが妥当です。

長谷川理沙として、ここでは「性格は生まれつき? それとも育ち?」という素朴な問いを入口に、専門用語を一つずつ噛み砕きながら、なぜそう考えられるのかを一緒に確かめていきましょう。

性格とは何か|心理学での定義と「気質」「人格」との違い

性格は心理学では、さまざまな状況をまたいで比較的一貫して現れる、感じ方・考え方・行動の個人差のパターンとして捉えられます。
気分の浮き沈みのようにその場で変わる反応ではなく、時間や場面をまたいでも見えやすい傾向を指すところに意味があります。
大学の研究助手として学生の実験計画を見ていたころも、「気質」と「性格」を同じ意味で使ってしまい、議論が噛み合わないことがありました。
最初に用語をそろえるだけで、観察したい現象がずっと明確になるのです。

心理学における性格の定義

心理学でいう性格は、単なる印象の良し悪しではありません。
複数の場面で繰り返し見られる反応のしかたを、比較的安定した個人差としてとらえる概念です。
ここで鍵になるのは「一貫性」と「個人差」で、同じ人でも機嫌や環境で揺れる部分と、なお残る傾向を分けて見る点にあります。
だからこそ、性格研究では、見た目の雰囲気よりも、考え方や行動のパターンに注目します。

性格をこのように定義すると、日常の「今日は明るい」「昨日は無口だった」といった一回限りの印象に引きずられずにすみます。
たとえば、初対面では控えめでも、親しい相手には積極的になる人がいますが、その変化も含めて、どんな条件でどのような傾向が表れやすいかを整理するのが心理学の発想です。
性格とは固定したラベルではなく、繰り返し観察して見えてくるパターンなのです。

気質・性格・人格(パーソナリティ)の3層構造

3つの語は似ていますが、重なり方が違います。
最も内側にあるのが気質で、遺伝的・体質的に規定された先天的な感情傾向を指します。
生後早期から見えやすく、性格の土台になる部分です。
その上に後天的な経験が重なって性格が形づくられ、さらに価値観や行動傾向まで含めた全体像を人格、つまりパーソナリティと呼びます。
心理学メディアで執筆していると、「性格と人格はどう違うのか」という質問が最も多く届きますが、3層で考えると腑に落ちやすいでしょう。

この順序で見ると、同じ人が似た反応を示しやすい理由も説明しやすくなります。
たとえば、刺激に敏感な気質をもつ人は、育つ環境や経験によって慎重さとして表れたり、対人配慮の強さとして表れたりします。
つまり、気質がそのまま性格になるのではなく、経験を通じて性格として組み上がるわけです。
人格(パーソナリティ)はその全体を包み込む上位概念で、日本語では文脈により性格とほぼ同義で使われることもあります。

なぜ日常語の「性格」と学術用語はズレるのか

日常語では「性格が悪い」のように、性格はしばしば評価語として使われます。
そこでは善悪や好き嫌いが先に立ち、相手の行動の一部をその人全体の印象へ結びつけやすいのです。
けれど学術用語の性格は価値中立であり、良い悪いを判断する言葉ではありません。
本記事では後者の意味で使い、誤読を避けます。

このズレを押さえておくと、性格をめぐる議論が一気に整理されます。
日常語の感覚だけで考えると、気質・性格・人格の違いもあいまいになりがちですが、心理学ではまず土台、次に形成された傾向、最後に全体像という順で見ます。
用語の区別は細かいようで、実は理解の出発点です。
ここをそろえておくと、あとで性格の測り方や変化のしかたを学ぶときにも迷いにくくなります。

性格を分類する2大アプローチ|類型論と特性論

性格は、さまざまな状況をまたいで比較的一貫して現れる、感じ方・考え方・行動の個人差として捉えられる。
その見方には大きく分けて、少数の典型に当てはめる類型論と、複数の連続した次元を数値化する特性論がある。
筆者が論文を読み比べていて実感したのは、同じ「性格」を扱っていても、この前提が違うだけで測り方も結論も変わるという点でした。
診断結果を読むときも、「タイプ」と「スコア」を分けて理解すると、見え方がかなり変わります。

類型論:少数のタイプに分けて理解する

類型論は、性格を少数の典型的なタイプに分類して理解する離散的なアプローチです。
古代ギリシアのガレノスの四気質、クレッチマーの体型と気質の対応づけ、ユングの『心理学的類型』における内向型・外向型の区別のように、歴史的にも「人はまず何型か」で捉える発想が受け継がれてきました。
直感的で覚えやすく、「あなたは内向型」のように自己理解へつなげやすいのが強みです。

ただし、タイプの境界線上にいる人や、中間的な特徴を持つ人を拾いにくい弱点があります。
現実の人間はきれいに箱分けできるわけではなく、場面によって振る舞いが揺れることも多いからです。
だからこそ類型論は、理解の入口としては有効でも、細かな個人差を説明する道具としては限界が残ります。
自己診断の結果を「当たっている・外れている」だけで判断しがちな場面では、この弱さがそのまま混乱につながりやすいでしょう。

特性論:連続する次元で測定する

特性論は、外向性や神経症傾向のような複数の連続的な次元に得点を与え、その組み合わせで性格を表す連続的なアプローチです。
1936年のオルポートとオドバートによる語彙研究を起点に、キャッテルの因子分析による16因子、アイゼンクの3次元を経て、現代ではビッグファイブが標準的な枠組みとして定着しました。
少数の型ではなく、どの特性がどの程度強いかを見るため、個人差を細かく記述しやすいのが特徴です。

この方法は研究との相性がよく、再現性を確保しやすい点も見逃せません。
たとえば「外向的かどうか」を0か1で切るのではなく、どの程度外向性が高いかとして扱えば、測定結果を統計的に比較しやすくなります。
反面、結果は精密でも、読んだ瞬間に「結局どんな人か」という全体像をつかみにくいことがあります。
性格診断でスコアだけを見て、タイプ名がついていないと不安になる読者は多いのですが、それはこの特性論の性格上、自然な反応だといえます。

それぞれの長所と短所の比較

類型論と特性論は、どちらが正しいかというより、何を見たいかで使い分ける関係にあります。
類型論は理解が速く、教育や自己理解の場面では説明の足場になりやすい。
特性論は学術的な性格測定の主流で、ビッグファイブのように連続性を保ったまま個人差を扱えるため、比較や検証に向いています。
読者が診断結果を使いこなすうえでは、この役割の違いを押さえることが出発点になります。

観点類型論特性論
捉え方少数のタイプに分ける連続する次元の組み合わせで測る
わかりやすさ高いやや低い
個人差の精密さ低い高い
研究での扱いやすさ限界がある高い
主な用途自己理解、教育学術研究、標準的測定

現代の性格心理学では、特性論を基準にしながら、必要に応じて類型論を補助的に使うのが実用的です。
性格は固定された宿命ではなく、双生児法の知見が示す遺伝率0.4〜0.5の土台の上に、経験や環境が重なって変化していく連続体です。
だからこそ、「タイプで大づかみに見る」と「スコアで細かく見る」を切り分けておくと、診断の読み方はずっと明確になります。

類型論の代表理論|クレッチマー・ユングの分類

類型論は、人の性格を少数の型に整理して理解しようとする発想で、古代ギリシアの四気質説から近代心理学まで長く受け継がれてきました。
ガレノス、クレッチマー、ユングという名前をたどると、分類の基準が体液、体型、心的エネルギーへと移り変わりながらも、「人の違いをどう捉えるか」という問いが一貫して残っていることが見えてきます。

古代の四気質説からクレッチマーの体型論まで

類型論の源流は古代ギリシアにあります。
ガレノスは体液説に基づき、多血質・胆汁質・粘液質・憂鬱質(黒胆汁質)の4気質を区別しました。
ここでのポイントは、性格を偶然の寄せ集めではなく、少数の安定した型として捉えたことです。
人を4つに分ける考え方は、のちの心理学より粗い枠組みでも、当時の人間理解としてはきわめて整理された見取り図だったと言えるでしょう。

クレッチマーはこの系譜を近代に引き寄せ、精神疾患の患者観察から体型と気質の対応を見いだしました。
細長型は分裂気質、肥満型は躁うつ(循環)気質、闘士型は粘着気質とし、それぞれに独特の傾向を与えたのです。
たとえば細長型は内省的で緊張しやすい、肥満型は社交的で気分の波が大きい、闘士型は几帳面で粘り強いといった具合です。
学部の授業でこの分類を学んだとき、当たっている気がして驚いた経験がある。
ところが後で統計的裏づけの弱さを知ると、直感の鋭さと実証の厳しさは別物なのだと痛感しました。

ユングの内向・外向という2類型

ユングは1921年の著作『心理学的類型』で、心的エネルギー(リビドー)が外に向かう外向型と、内に向かう内向型を区別しました。
体型ではなく、注意や関心がどこへ向かうかを軸にした点が、クレッチマーと大きく異なります。
外向型は周囲とのやり取りから活力を得やすく、内向型は内面の思考や感覚を手がかりに世界を捉えやすい、という整理です。
現代のMBTIの土台にこの発想があると気づいて、読者がはっとすることも少なくありません。

この2類型が長く残ったのは、日常感覚に接続しやすいからです。
人は誰でも、「人と関わると元気になるか」「ひとりで考える時間が必要か」を経験的に知っています。
ユングの枠組みは、その感覚に名前を与えたところに強みがありました。
内向・外向は、診断名ではなく見方の軸として理解すると、今でも使い道が見えてきます。

類型論が現代でも残る理由と限界

類型論が生き残っている理由は、複雑な個人差を直感的に整理できるからです。
会話の入口としては便利で、相手の傾向をつかむ足がかりにもなる。
だからこそ、古典理論は診断の道具というより、理解のための地図として受け継がれてきました。
ただし地図は地形そのものではありません。
分類に当てはめすぎると、例外や重なりが見えなくなります。

クレッチマーの体型論は現代では科学的根拠が乏しいとされ、そのまま採用されません。
とはいえ、内向・外向の軸は特性論にも取り込まれ、類型論の遺産として今に続いています。
大切なのは、型が人間を説明しきるわけではないと知ったうえで、どこまでなら役立つかを見極めることです。
古典は古いからこそ、今の尺度で読み直す価値があるのではないでしょうか。

特性論の発展|オルポートからビッグファイブへ

特性論は、性格に関わる重要な特徴が日常の言葉に表れるという語彙仮説から出発した。
オルポートとオドバートは1936年に辞書から性格を表す17,953語を抽出し、ばらばらに見える語彙を体系的に整理したのである。
ここで示されたのは、性格を感覚的な印象ではなく、言葉の集積として捉え直せるという見通しだった。

語彙仮説とオルポートの出発点

17,953語という数字を初めて見ると、そんなに性格を表す言葉があるのかと驚くはずだ。
だが、この膨大さこそが、人が他者を観察し、微妙な違いを言い分けてきた歴史を示している。
語彙仮説の面白さは、性格の本質が辞書の中に散らばっていると考えた点にあり、そこから特性論は「何が性格を表すのか」を言語ベースで探る研究へ進んだ。

因子分析による特性の絞り込み

ただし、語彙のままでは性格を扱うには細かすぎる。
そこでキャッテルは因子分析という統計手法を用い、性格表現を背後でまとめる根源的な要素を抽出し、16因子からなる16PFを構築した。
大量の言葉を少数の次元へ圧縮する発想は、性格研究を「用語の整理」から「構造の把握」へ押し上げた。
続くアイゼンクは、外向性・神経症傾向・精神病傾向の3次元で性格を捉え、研究者によって因子数の見立てが異なることも明確にした。
特性論が発展する過程は、細分化と単純化のせめぎ合いだったと言える。

5因子に収束したビッグファイブ

こうした蓄積が収束して、現代の標準モデルであるビッグファイブが確立した。
開放性・誠実性・外向性・協調性・神経症傾向の5因子で性格を表し、それぞれに得点を与えて個人差を記述する枠組みである。
筆者が論文を読み進める中で納得したのは、ビッグファイブが突然生まれたのではなく、語彙研究、因子分析、因子数の収束という数十年の積み重ねの上に立っている点だった。
言葉から始まり、統計を通って、ようやく安定したモデルにたどり着いた流れこそ、この理論の強さです。

性格はどう形成されるか|遺伝と環境のしくみ

性格は、遺伝だけでも環境だけでも決まらず、両者が重なり合って形づくられます。
その関係を確かめる代表的な方法が双生児研究で、似ている理由を「生まれつき」と「育ち」に分けて見にいくのが出発点です。
筆者が行動遺伝学の論文をまとめる中でも、この枠組みは直感に反して見えやすく、だからこそ数字の意味を丁寧にほどく必要があると感じてきました。

双生児研究でわかること

『性格は生まれつきか育ちか』という問いに答える手法として、双生児法はとても分かりやすい仕組みを持っています。
一卵性双生児は遺伝子を100%共有し、二卵性はきょうだい並みの共有率にとどまるため、両者の性格の似方を比べれば、遺伝の寄与をかなりの精度で推定できるからです。
もちろん、同じ家庭で育った事実だけでは説明しきれない差も残りますが、その差を切り分けるところにこの方法の強みがあります。

遺伝率は4〜5割という目安

双生児研究の知見では、外向性や神経症傾向などの性格特性の遺伝率はおおむね0.4〜0.5、つまり4〜5割と報告されます。
ここでいう遺伝率は「性格の半分が遺伝で固定される」という意味ではなく、集団の中で見られる違いのどれだけが遺伝差で説明できるかを示す指標です。
筆者が論文を追っていても、この4〜5割は直感より高くも低くも感じやすく、数値だけを切り出すと誤解が生まれやすいと強く思いました。

たとえば、同じ家庭で育ったきょうだいでも、社交的な子と慎重な子に分かれることがあります。
その違いを説明するとき、遺伝だけでなく、学校での友人関係、部活、偶然の成功体験や失敗体験の積み重ねを考えると腑に落ちるはずです。
性格は生まれた瞬間に完成するのではなく、素質が土台になり、その上に経験が層を重ねていくものだと捉えると理解しやすくなります。

共有環境と非共有環境、そして相互作用説

環境は、家族で共通する『共有環境』と、個人ごとに異なる『非共有環境』に分けられます。
共有環境には家庭の経済状況や養育方針のような共通要因が入り、非共有環境には個人的な友人関係や、きょうだいでも一致しない出来事が入ります。
重要なのは、児童期以降の性格形成では、共有環境より非共有環境の影響が強いという点です。
つまり、同じ家で育っても、どんな友人と過ごし、どんな経験を積んだかが、その人らしさを少しずつ分けていくのです。

現在の合意は、『遺伝か環境か』の二者択一ではなく、両者が掛け合わさる相互作用説です。
同じ遺伝的素質を持っていても、置かれた環境によって表れ方は変わりますし、逆に環境の影響も、その人の気質によって受け取り方が変わります。
性格形成を考えるうえでは、素質を出発点にしながら、どんな経験がその素質を伸ばし、あるいは別の形で表すのかまで見ることが、いちばん筋の通った見方になるでしょう。

性格は変わるのか|安定性と生涯発達の研究

成人後の性格は、まったく動かないわけではありません。
縦断研究が示しているのは、性格特性は相対的に安定しているのに、長い時間軸では少しずつ変化も続くという両面です。
筆者も同じ人を長期間追う論文に触れたとき、「性格は変わらない」という通説は言い切りとしては強すぎるのだと認識を更新しました。
では、その変化はどの方向に起こるのでしょうか。

成人後の性格の安定性

成人期の性格は、日ごとに揺れ動く気分のようには大きく変わりません。
むしろ、同じ人が何年たっても似た反応のしかたや対人傾向を示しやすい、という意味で相対的な安定性が高いのが特徴です。
ただし、それは固定を意味しません。
進学、就職、結婚、育児、役割の変化といった経験は、本人の行動の選び方を少しずつ変え、その積み重ねが性格特性の緩やかな変化につながります。

この見方が役立つのは、性格を「生まれつきだから終わり」とも「気合いで一気に変えるもの」とも考えなくてよくなるからです。
読者が年齢を重ねて「前より丸くなった」と感じるなら、その実感は研究知見とつながっています。
協調性や誠実性が少しずつ上がっていくなら、人間関係の摩擦が減り、約束や責任への向き合い方が整っていくのは自然な流れでしょう。

加齢で変わる「成熟の原則」

加齢に伴う変化には、いわゆる「成熟の原則」があります。
平均的には、協調性と誠実性は年齢とともに上昇する傾向が示されてきました。
社会の中で他者と折り合いをつけ、役割を果たし、先を見越して行動する力が強まる方向で性格が成熟していく、と解釈できます。
若いころに比べて衝動で動きにくくなったり、周囲への配慮が増したりするのは、この流れの中で理解しやすい変化です。

ただ、すべての因子が同じ向きに動くわけではありません。
外向性・神経症傾向・開放性は、加齢とともにやや低下する傾向が報告されています。
外に向かう刺激追求が少し落ち着き、感情の波立ちも穏やかになり、新しい経験への飛びつき方が慎重になる、と考えると分かりやすいでしょう。
上がる特性と下がる特性があるからこそ、性格変化は単純な増減ではなく、複数の軸で進む現象として捉える必要があります。

性格との現実的な付き合い方

性格は「変えられない宿命」でも「意志で自在に変わるもの」でもありません。
現実的なのは、緩やかに変化しうる連続体として見ることです。
この捉え方に立つと、自分の強みや弱みを固定化せず、今後の環境や役割に合わせて育てていく視点が持てます。
たとえば、協調性を伸ばしたいなら対人場面での振る舞いを意識し、誠実性を高めたいなら締切や習慣の整え方を見直してみましょう。

性格を変える目標は、劇的な自己改造よりも、日々の行動を少しずつ積み上げるほうが続きます。
もっとも、変化の方向は一様ではないので、無理に別人格を演じる必要はありません。
今の自分を出発点にしながら、どの特性を育て、どの特性はそのまま活かすかを考えてみてください。
そうして初めて、性格研究は「自分を縛る知識」ではなく、変化の余地ある自己理解の道具になります。

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長谷川 理沙

心理学系大学院修了。認知心理学・社会心理学を専門とし、年間100本以上の論文に目を通しながら最新の研究動向を分かりやすく解説します。

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