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共感の心理学|2つの種類と仕組み・活用法

更新: 小野寺 美咲
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共感の心理学|2つの種類と仕組み・活用法

共感は、他者の経験を観察してそれに反応する心の働きであり、心理学では「認知的共感」と「情動的共感」の2つに分けて理解されます。1990年代初頭にイタリア・パルマ大学の研究チームが発見したミラーニューロンのように、共感には研究で確かめられた手がかりがあり、

共感は、他者の経験を観察してそれに反応する心の働きであり、心理学では「認知的共感」と「情動的共感」の2つに分けて理解されます。
1990年代初頭にイタリア・パルマ大学の研究チームが発見したミラーニューロンのように、共感には研究で確かめられた手がかりがあり、視点取得・共感的関心・個人的苦痛・空想という4つの測定軸でも整理できます。
人事・組織開発の現場で傾聴のつもりが先回りのアドバイスになり、相手が黙ってしまった経験からも、相手の感情に寄り添うことと、状況を見立てて理解することは分けて使う必要があると実感されました。
共感は人間関係を支える道具ですが、使い方を誤ると共感疲労や偏りも生むため、その仕組みと限界を知ることで、日常の「なぜ分かり合えないのか」が少し見えやすくなります。

共感とは何か|認知的共感と情動的共感の2つの種類

共感は、他者の経験を見て感じ取り、それに反応する心の働きの総称です。
心理学では大きく認知的共感と情動的共感に分けて考えると整理しやすく、ここを押さえるだけで、似ている概念の違いまで見通せるようになります。
筆者がコミュニケーション研修を設計したときも、多くの参加者が「共感=同じ気持ちになること」だと思い込んでいましたが、認知的共感という見方を知った瞬間に表情がほぐれました。
実際には、相手に飲み込まれずに理解する道があるからです。

そもそも共感の心理学的な定義

共感(empathy)は、相手の表情、言葉、状況を手がかりに、その人の内側で何が起きているかを捉えようとする働きです。
ここで大切なのは、共感が単なる「やさしさ」ではなく、相手の経験を観察し、それに反応する心のプロセスとして扱われる点でしょう。
似た言葉にシンパシー、エンパシー、コンパッションがありますが、共感を最初に分解しておくと、対人理解と援助の話が混線しにくくなります。
特に、職場でも家庭でも「わかる」と「同じ気持ちになる」は別物だと知っておくと、会話の精度が上がります。

共感を理解するうえでは、認知的共感と情動的共感を分けることが出発点になります。
前者は推測、後者は反応です。
この区別があるだけで、相手を支える場面で何を補えばよいかが見えやすくなるため、後の説明も整理されるのです。

認知的共感:相手の立場を推測する力

認知的共感は、相手の感情をそのまま写し取るのではなく、「この人は今こう感じているはずだ」と頭で推測する力です。
表情のこわばり、声の調子、置かれている状況を手がかりに、相手の視点を組み立てていく論理的なプロセスだと考えると分かりやすいでしょう。
ビジネス交渉で相手の警戒心を読む場面や、子育てで子どもが何に困っているかを見極める場面では、この推測が役立ちます。
悩み相談を受けたとき、感情に引きずられて沈み込んだ経験があるなら、なおさらです。
相手を理解するには、気持ちを同調させる前に、まず状況を読む必要があります。

このタイプの共感は、相手との距離を保ったまま理解を深められるのが利点です。
筆者自身、相談を受けて一緒に落ち込んでしまい、結局なにも返せなかったことがありました。
その失敗のあとで、推測する共感がないと支え手の側が崩れてしまうと実感したのです。
認知的共感は冷たさではなく、相手に必要な一手を選ぶための土台になります。

情動的共感:相手の感情に揺さぶられる反応

情動的共感は、相手が悲しめば自分も胸が痛くなるように、相手の感情を自分の感情として写し取る反応です。
映画の登場人物に涙したり、人のあくびがうつったりする現象は、この働きの分かりやすい例です。
こちらはほぼ自動的に起きるため、意識して作るというより、気づいたら身体が反応している、という性質が強いのでしょう。
相手の苦しみを直に感じ取れるぶん、つながりの温かさは生まれやすくなります。

ただし、情動的共感だけに偏ると、相手の痛みを自分の痛みとして抱え込みすぎてしまいます。
深く寄り添っているつもりでも、実際には自分が消耗して何も返せなくなることがあるのです。
だからこそ、認知的共感で状況を見て、情動的共感で温度を受け取る、という組み合わせが効きます。
2つは対立するものではなく、温かさと的確さを両立させるための両輪だと考えてみてください。

共感とシンパシー・同情はどう違うのか

共感とシンパシー、そして同情は、どれも「相手に寄り添う」感覚を指しますが、心理学では同じものではありません。
分かれ目になるのは、相手の感情に巻き込まれて自分の反応が大きく揺れるのか、それとも相手の立場を保ったまま理解を深めるのかという点です。
さらにコンパッションは、その理解を「相手の苦しみを和らげたい」という行動の向きへつなげます。

エンパシーとシンパシーの境界線

シンパシー(同情)は、相手の感情に引き込まれて自分の感情が大きく動く反応として捉えると整理しやすくなります。
相手の痛みを見た瞬間に、自分の中でも怒りや悲しみが膨らみ、気づけば相手の出来事を自分の問題のように抱えてしまうのです。
だからこそ、気持ちは強く動くのに、終わったあとにどっと消耗することがあります。

これに対してエンパシーは、相手の立場に立って「この人の状況ならどう感じるか」を理解しようとする働きです。
ここで中心にあるのは、自分の感情の高まりではなく、相手の経験そのものです。
共感を考えるときに、同じ気持ちになることよりも、相手を見失わずに理解を保てるかどうかが大きな境目になるでしょう。

『他者志向』と『自己志向』という分かれ道

この違いは、実際の対人場面でかなりはっきり表れます。
たとえば同僚の愚痴を聞いているうちに、相手より先に自分の方が腹を立ててしまい、話が終わるころにはぐったりしていた経験があるなら、それはエンパシーというよりシンパシーに近い状態だったのだと後から腑に落ちます。
相手の苦しみを受け止めたつもりでも、自分の感情が前に出すぎると、相手に役立つ余地が小さくなるからです。

逆に、落ち込んでいる友人に「分かるよ」と重ねるより、「あなたはどうしたい?」と尋ねたほうが、相手の表情が少し前を向くことがあります。
この差は、他者志向と自己志向の違いとして理解できます。
前者は相手の考えや希望を中心に置き、後者は自分の感情の揺れを中心に置く。
どちらが善いというより、相手を支えたい場面では、どちらが行動につながるかが問われるのです。

観点シンパシー(同情)エンパシー(共感)
感情の向き自分の感情が大きく動く相手の立場を理解する
中心自己志向寄り他者志向
起こりやすい結果飲み込まれやすい相手を見失いにくい

思いやり(コンパッション)が生まれるとき

コンパッション(思いやり)は、理解にとどまらず「相手の苦しみを和らげたい」という動機づけまで含みます。
つまり、エンパシーが相手の状態をつかむ段階だとすれば、コンパッションはその理解を行動へ橋渡しする段階です。
ここまで来ると、単に気持ちを共有するだけではなく、何か一つでも役に立ちたいという方向が生まれます。

実用的なのは、この三つを混ぜずに見ることです。
シンパシーだけが強いと、自分の感情に引きずられて疲れやすい。
エンパシーは相手の理解を深め、コンパッションはその理解を助ける行動に変えます。
後半で扱う共感疲労も、まさにこの切り分けができるかどうかで見え方が変わってくるでしょう。

共感はどんな仕組みで生まれるのか|脳と4つの要素

共感は、相手の気持ちをただ「理解する」だけでなく、脳内で他者の動きや状態を手がかりにしながら、認知と情動の複数の回路が連動して生まれる働きです。
しかもその仕組みは一枚岩ではなく、ミラーニューロンのような神経細胞の働きと、4つの側面に分かれる共感の個人差が重なって見えてきます。
研修で「人のあくびがうつる」「他人がケガをする映像で自分の手がすくむ」と話すと、参加者が急に身近な現象として理解し始めたことがありました。
共感は抽象概念ではなく、体の反応としても確かめられる現象なのです。

ミラーニューロンと『脳が真似する』仕組み

共感の神経基盤としてよく語られるのがミラーニューロンで、1990年代初頭にイタリア・パルマ大学の研究チームがサルの脳で発見した。
自分が動作するときだけでなく、他者が同じ動作をするのを見たときにも活動する神経細胞で、脳が相手の行為を内側で写し取るように働く点が特徴である。
ここがポイントなのですが、こうした「内的な模倣」があるからこそ、相手の身ぶりや表情を見た瞬間に、自分の側でも反応が立ち上がりやすくなる。

研修でこの話をすると、「人のあくびがうつる」「他人がケガをする映像で自分の手がすくむ」という反応が、いきなり実感を伴って受け取られやすい。
身体が先に反応し、そのあとで意味づけが追いつく、という流れを想像すると理解しやすいでしょう。
ただし、ミラーニューロンだけで人間の共感のすべてを説明できるわけではない。
情動的共感の物理的な手がかりの一つとして捉えるのが適切で、認知、記憶、対人経験まで含めて見る必要がある。

共感を測る4つの側面

共感は単一の能力ではなく、多次元的な構造を持つ。
代表的な測定尺度では「視点取得」「共感的関心」「個人的苦痛」「空想」の4つの側面が区別され、人によってどこが強いかが異なる。
視点取得は相手の立場を頭の中で組み立てる力、共感的関心は相手のために配慮しようとする向き、個人的苦痛は相手の苦しさに触れたとき自分がつらくなる反応、空想は物語や場面に入り込んで感じ取る傾向だ。

この4分類が役立つのは、共感を「高い・低い」で雑に決めないためである。
たとえば、視点取得と共感的関心が高い人は他者志向が強く、相手を理解して支えようとしやすい。
個人的苦痛が強い人は自己志向の反応が前面に出やすく、相手の話を聞くほど自分が苦しくなることがある。
尺度でその傾向を自覚したとき、ある人は聴き方を変え、感情移入しすぎない距離の取り方を覚えた。
おすすめです、共感を一つの才能ではなく、複数の要素の組み合わせとして見ることができるからです。

認知的共感と情動的共感は脳でも分かれている

認知的共感と情動的共感は、脳の活動パターンでもある程度分かれているとされる。
前者は相手の意図や状況を理解する働きで、後者は相手の感情に触れて自分の中にも似た反応が起きる働きだ。
視点取得と共感的関心が主に他者志向なのに対し、個人的苦痛は自己志向に寄りやすいことを考えると、共感は「相手を理解する系」と「自分が反応する系」が重なって生まれると考えると整理しやすい。

この分かれ方を知っておくと、共感がうまくいかない場面の見え方も変わる。
相手の立場は分かるのに気持ちが動かない人もいれば、気持ちは強く動くのに状況を整理できない人もいる。
前者は認知的共感が、後者は情動的共感が前に出ているのかもしれない。
実際、筆者が苦しい話を聞くと自分まで重くなりやすいと尺度で気づいたとき、相手の感情に飲まれずに要点を確認する聴き方へ切り替えた。
そこから会話はかなり楽になった。
共感とは、感じる力であると同時に、扱い方を学べる力でもある。

共感が人間関係や社会で果たす役割

共感は、相手の気持ちを「わかる」で終わらせず、関係の中でどう動くかまで変える力を持っています。
見返りを前提にしない援助が生まれる背景には、相手への共感的関心があり、衝突を避けて協力を引き出す土台にもなります。
職場でも家庭でも、共感は単なる優しさではなく、信頼を積み上げる実践そのものです。

なぜ人は見返りなく助け合えるのか

共感が高まると見返りを期待しない援助行動が起きやすくなる、というのが『共感-利他仮説』です。
相手のつらさを自分事のように感じると、損得を計算する前に「助けたい」という動機が立ち上がります。
ボランティアや日常のちょっとした手助けが続くのは、善意だけでなく、相手の困りごとを具体的に想像できるからです。
共感は気分ではなく、行動を押し出す認知と感情のはたらきだと考えると、援助がなぜ自然に起こるのかが見えやすくなります。

ℹ️ Note

共感は、相手の意図や感情を先読みする力でもあります。言葉にされていない不満や不安を察知できると、衝突が大きくなる前に手を打てるのです。

たとえば組織開発の現場では、メンバーの「大丈夫です」の裏にある疲弊に認知的共感で気づけるかどうかが分かれ目になります。
表向きは回っていても、役割の偏りや負荷の積み重なりは小さな違和感として表れます。
そこで早めに業務を調整すると、本人が限界まで抱え込まずに済み、チーム全体の離職も防ぎやすくなる。
共感は、問題が表面化してからの慰めではなく、崩れる前に構造を整える力でもあるのです。

職場で共感が信頼をつくる場面

職場では、上司が部下の状況に認知的共感を働かせることで、的確な支援や無理のない仕事の割り振りがしやすくなります。
認知的共感とは、相手の感情に飲み込まれることではなく、置かれている条件や負荷を正確に理解することです。
これがあると、指示の出し方や締切の置き方が現実に合い、部下は「見てもらえている」と感じます。
結果として信頼が積み上がり、相談も早くなり、仕事のズレが小さくなるのです。
共感は「優しさ」である以上に、機能するマネジメントの条件だと言えるでしょう。

職場の信頼は、派手な励ましよりも、日々の小さな調整で育ちます。
残業が続いている人に追加案件をそのまま振るのではなく、優先順位を一緒に見直す。
会議で発言が少ない人には、先に論点を伝えて考える余地をつくる。
こうした配慮は手間に見えて、実際には手戻りを減らす投資です。
ここがポイントなのですが、共感は感情のやり取りだけで終わらず、配置、順序、量の判断にまで及んで初めて力を発揮します。

家庭・子育てで共感が果たす役割

家庭や子育てでは、子どもの感情をいったん受け止める情動的共感が安心感を育てます。
泣いている理由をすぐ問い詰めるより、「悲しかったんだね」「嫌だったんだね」と感情を言葉にして返すほうが、子どもは落ち着きやすいものです。
家庭でその反応を試したとき、理由の追及より先に気持ちを受け止めたほうが、かえって話しやすくなると実感しやすいでしょう。
まず安全だと感じられることが、次の説明や対話につながります。

ただし、受け止めることと甘やかすことは別です。
共感だけで終えると、境界線が曖昧になり、子どもは「気持ちはわかってもらえたが、何をしてよいかはわからない」という状態になりかねません。
そこで大切になるのが、感情には寄り添いながら、行動の枠組みは明確に示すことです。
たとえば、気持ちは認めたうえで「叩くのはだめ」「片づけてから次に行こう」と伝える。
共感は受容としつけを対立させるものではなく、両方を支える土台になります。

日常で共感力を高める方法

共感は生まれつきの資質として語られがちですが、訓練によって高められることが介入研究で示されています。
効果量は小〜中程度で、短期間で人が変わるような劇的な伸び方ではありません。
それでも、聴き方と見方を少し変えるだけで、対話の空気は確かに変わります。

判断を保留して聴く『傾聴』の練習

最も取り入れやすいのが傾聴です。
相手の話を遮らず、すぐに評価や助言へ飛びつかず、いったん理解することだけに注意を向けて聴く。
たったそれだけでも、話し手は「受け止めてもらえた」と感じやすくなり、安心して次の言葉を続けられます。
研修の場でも、相手が話し終わるまで自分の返答を考えない、という1つのルールを置いただけで、参加者同士のやり取りが目に見えて落ち着いたことがありました。
相手の言葉を途中で整えたり、先回りして結論づけたりしないほうが、結果として理解は深まるのです。

相手の靴を履く『視点取得』のトレーニング

認知的共感を鍛えるなら、視点取得の練習が有効です。
意見が合わない相手に対して「この人の立場や経験なら、どう見えているのか」と一度書き出してみると、感情の勢いだけで反応しにくくなります。
筆者自身も、苦手な相手の言動をそのまま受け止める代わりに、事情や背景を紙に並べてみたことで、いら立ちが半分ほどに下がった感覚がありました。
相手を理解する作業は、同意することとは別です。
違いを保ったまま、相手の論理を一度自分の中に置いてみる、そのひと手間が対人摩擦を和らげます。

物語や対話で感情の解像度を上げる

訓練の効果を高めるには、「自分の感情に気づく」「相手に注意を向ける」「両者の関係をとらえる」という3視点を組み合わせることが役立ちます。
自分が今どう反応しているかだけでなく、相手が何に反応し、2人の間にどんなずれが生まれているかまで見ると、共感は単なる同情ではなく、状況全体を読む力になるからです。
さらに、物語や映画に没入して登場人物の感情を追う空想の側面を使う方法も、感情の解像度を上げる練習になります。
場面の変化に合わせて表情や沈黙の意味を追ってみましょう。
日常会話でも、相手の言葉の奥にある感情を拾いやすくなります。

共感の注意点と限界|共感疲労を防ぐ

共感は、人間関係を支える力であると同時に、使い方を誤ると消耗の入口にもなります。
相手の苦しさに深く入り込みすぎると、支える側の感情まで削られ、助けたい気持ちがそのまま負担へ変わっていくからです。
大切なのは、共感を広げることと、自分の心を守ることを切り分けて考えることではないでしょうか。

共感疲労(コンパッション・ファティーグ)とは

共感疲労(コンパッション・ファティーグ)は、チャールズ・フィグレーが1995年に提唱した概念で、他者の苦痛に長く深く関わることで生じる消耗状態を指します。
看護、介護、支援職のように、日常的にしんどさを受け止める役割では特に起こりやすく、気づかないまま疲れが積み上がることがあります。
支援の現場で「親身であること」が評価されやすいほど、休むことへの後ろめたさが生まれやすい点も見落とせません。

筆者も、支援的な役割を担っていた時期に、人の悩みを受け止めすぎて週末に何も手につかなくなったことがありました。
その状態を共感疲労だと知ってからは、相談を受ける時間と、自分の感情を整える時間を意識的に分けるようになりました。
共感は「どこまでも同じ温度で背負うこと」ではない。
そこを誤解すると、支える力そのものが先に尽きてしまいます。

共感にも『えこひいき』というクセがある

共感は公平に働くとは限りません。
自分と似た人、身近な人には強く反応するのに、遠い相手や集団には働きにくいという偏りがあり、これが共感のバイアス、つまり身内びいきにつながります。
だからこそ、共感だけに頼ると「気持ちが動いた相手」には手厚く、「実際には守るべき相手」には冷たくなってしまうことがあるのです。
ここに理性の補助が必要になります。

筆者自身も、自分と境遇の近い相談者には親身になれて、そうでない相手には少しそっけなくしていたことに気づいた経験があります。
あの違いは性格の善し悪しではなく、共感が持つ偏りの表れでした。
そこを自覚してからは、最初に湧く感情だけで判断せず、相手の状況を一度ていねいに見直すようにしています。
感情の自然な偏りを知っておくと、公平さを失わずに済みます。

つらさが続くときは専門家に頼る

共感を健全に使う鍵は、相手の感情と自分の感情を切り分け、必要なときに距離を取ることです。
とくに、情動的共感に偏って個人的苦痛が強くなると、「助ける」より「この場から逃れたい」が前面に出やすくなります。
共感したつもりが、結果として相手から離れてしまう逆説が起こるわけです。
そうなる前に、受け止める範囲を決め、休む時間を確保しておきましょう。

そして、自分や身近な人の落ち込みが長く続く場合は、共感や自助だけで抱え込まず、専門家に相談してください。
気持ちを理解することと、問題を一人で背負うことは別です。
おすすめです。
相談してみてください。
つらさが深くなる前に支えを増やすほうが、本人にも周囲にも無理がありません。

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小野寺 美咲

心理学科卒。企業の人事・組織開発部門で産業心理学を実務に応用してきた経験から、認知バイアスやコミュニケーション心理学など「日常で使える心理学」を伝えます。

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